
けんと
2023 / 女性
波乗りのように
家庭状況や脱出の背景
母子家庭だが物心ついたときから両親とも精神疾患(母親は双極性障害とパニック障害、父親は統合失調症とうつ病)で、生活保護家庭でした。言うこと・やることがめちゃくちゃで私を操ろうとしてくる母親に嫌気がさして、大学進学を期に家を出ました。
今悩んでいる人へ
私は、人生は波乗りに似ていると思っています。 海は自分が活躍する場で、波は困難、ボードは手段です。 未成年のときは海もボードも親や大人が決めてくることがほとんどです。でも歳を重ねるにつれ、少しずつ波の乗り方が分かるようになってきたり、海自体を自分で選べるようになります。 私もまだつらいときが多くあるけれど、自分の力で波乗りできる日までそう遠くないはずだと信じています。
道のり
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親のことを知る
親の病名と生い立ちを知る
父親の病名は直接教えられました。 私の母親はDVしてくる父親(私にとっての祖父)と新興宗教と男にどっぷりな母親(祖母)、顔も性格も似てない気が強い妹(叔母)に囲まれて育ったようです。祖父母・叔母の悪口は幼い頃からよく聞かされていました。 母親から「けんとちゃんはママやおばあちゃんに愛されてていいよね」と言われたことがあります。私は母親に愛されていると思ったことはありません。
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家以外で時間を過ごす
習い事や委員会活動、部活動
習い事はいろいろやっていました。 なにか成果を上げたときには、親はノーリアクションだけど習い事の先生が褒めてくれて嬉しかったです。 さらに委員会に入ったり部活で部長を務めたりと親以外の考え事で頭をいっぱいにすると気が紛れました。先生にも気に入られてお得です。
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よりよく耐える
耐え…?オタク趣味に没頭
オタク趣味とネットに没頭していました。 高校まで母親とまともに話したことがなかったのと、生まれてからずっとこの状況だったので、自分が異常な状況に置かれていることに気がつかないまま中学までを過ごしました。ある意味幸運だったのかもしれませんが、生理がほぼ来ていなかったのはストレスのせいだったのではと今になって思います。
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依存先を増やす
親友に甘えさせてもらう
母親が複数件詐欺に引っかかったことや父親が支離滅裂な言動をしては自死をチラつかせてくることから、高校にあがるころにようやくうちは普通じゃないと分かりはじめました。現実を受け入れられず、子どもらしくいられなかった幼少期を取り戻すかのように幼児退行しました。 高校でできた親友に協力してもらい、幼児向けのおもちゃで遊んだり子ども扱いしてもらったりしました。高校3年間は私の人生の修復期間でした。
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相談する
初めて担任に相談してみた
大学選択の際、私を家から出したくない母親が私の希望大学を何かと理由をつけては否定してくるのに疲れて、初めて担任に相談しました。担任は家を出ることを強く推してくれ、私も決心がつきました。学年主任も交えて話したことがありますが、自分語りしかされず無駄な時間でした。個人的に学年主任は役に立たない・無理解なことが小中高通して多かったです。
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家から逃げる
大学進学、ルームシェア生活へ
もとから学校嫌いの不登校ぎみでしたが相変わらず学校は嫌いなので通信制大学へ進学。一部屋を複数人で分けるルームシェア生活になりました。私、というか実家の衛生観念は平均より低かったらしく、ルームメイトに怒られながらそこで一般的な洗濯や着替えの頻度を学びました。お互いが尊重されるコミュニケーションのやり方もここで学びました。
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情報収集をする
nigerunoで情報収集
大学進学後も金銭面は母親に管理されていて、奨学金や給付金はすべて母親が使っていましたが、生活が苦しいだろうからそれが当たり前だと思っていました。実際には母親はそのお金でデパコスなどを買い込んでいました。nigerunoを見て異常だと気がつき、親に内緒の銀行口座を開設しました。
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お金を集める
初めてのバイト
生活保護家庭で育ち、周りに働いている人がいなかったため「働いてお金を得る」ということがピンと来ず、大学2年の終わりまでまともに働いたことがありませんでした。私なんかがお金をもらうなんて…という思いもあったのだと思います。gedokunの管理などをやらせてもらい「働いてお金を得る」ことへのリハビリを経て、初めてお皿洗いの単発バイトをしました。人生で一番緊張しました。終わった後、ようやく自分は母親からの呪縛を解けたんだ、私はもう大丈夫だと思えて泣きました。
編集日:2025/05/04
#親の精神疾患
#ひとり親